情報化社会が高い倫理観を育てる

こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。

先日、

「佐藤さんの仕事って、パソコンがあればどこでも出来ますよね?」

と尋ねられたことがありました(個別コンサルティングの時)。

正直なところ、そう尋ねられるまで意識したことはありませんでしたが言われてみると確かにそうです。

とはいえ、相当な金額が動く不動産取引ですから不動産コンサルタントとして動く時でもメールのやりとりだけで事を前に進めることはせず、

・対面式個別コンサルティング

・スカイプ式面談

のいずれかで最低でも一度は直接話してレベル合わせをしてから、支援活動を開始するようにしています。

その意味では個別コンサルティング会場に向かう上で体をそこに持っていくことはありますが、それ以外は終始パソコンのみで全てが完結しているのは事実です(実際、この項を上げているたった今も他州に出張中)。

ただし、もっぱらこのことはコンサルタントとしての一面のみ。

このブログ上ではもっぱら私(佐藤)はコンサルタントとしての顔が色濃く出ていると思いますが、本来は不動産エージェント資格を有するKWファミリーの一員です。

物件売買の場合はそれこそ現物の物件を相手にしますからパソコンだけというわけにはいきませんし、今でも不動産管理関係で業者のおっちゃん達とやりとりをすることもしばしばです。

けれどもコンサルタントとしての顔だけに絞れば、どこでも仕事はできると思います。

そんな風に言われて初めて意識しましたが、よくよく考えてみると

現実世界でモノと人に接する仕事(不動産売買・管理)

パソコンだけで進められる仕事(不動産コンサルティング)

この二つを行き来する中で如実に見えてきた違いがあります。

それは、後者のパソコンで完結してしまう仕事ほど高い倫理観が求められるということです。

もちろん従来のように人と接する仕事では高い倫理観は必要ないという意味ではなく、人様とのご縁やコミュニケーションがより深いレベルで必要となるモノと人に接する仕事もまた更に高い倫理観が必要なのは当然。

それこそ会社組織であればその規模に応じて倫理観の高さが求められるものだと思います。

ここを誤解のないように補足すると、パソコンのみで完結する仕事は「認識の協和・不協和が起こりやすく、しかもその伝達のスピードが早い」と思うのです。

一歩間違えれば爪弾きの世界

このあたりをもう少し噛み砕いて例を上げてみます。

時折このブログにも書いていますのでご記憶の方もいらっしゃると思いますが、私(佐藤)は盆もクリスマスもお正月も関係なく仕事をしています。

もちろん家族との時間も取らずに仕事にのめり混んでいるというわけではなく、自分の意識の中では

生活 〜 仕事

この境目がないという意味です。

大切さの比重でいえば

仕事 < 家族

なのは当たり前ですが、そもそも仕事をしているという意識があまりないので苦に想うことはありません。

時間に追われてキリキリ舞いの時はよくありますが(笑)、少なくとも「もう仕事は嫌だ!」なんて思ったことはありませんし、感覚でいえば趣味の延長のようなもの(そうでなければ、毎日毎日書いていられません)。

そんな風に自分としては順調に巡航速度を保っているだけなのですが

「人が休んでいる時に仕事しているんですね?」

「いつ休んでるのですか?」

とブログやメールを通してそのことを知った方々からザワザワッと瞬間に(本当に一瞬で)不協和が起こり、

「佐藤さんは年がら年中働いている」

と認知されてしまうのです。

そうかと思えば不動産投資に関する内部事情を書いたりテクニックを書いたりすると、

「それが知りたかったんです。」

「投資家目線でありがとうございます。」

このようなありがたいお声を頂戴します。

つまり自分から情報発信を起こすと、そこに認識の協和・不協和が瞬間的に発生するということです。

しかも一度項に上げた以上は自分で削除しない限り、ずっと残り続けますからね(Webサーバー技術が根本的に変革しない限り)。

翻って現実世界の場合。

分かりやすく私(佐藤)がパソコンを使用しないコンサルタントだとしましょう。

仕事よりも家族が大切だと思っている。

というか、やっていることを仕事と思っていない(趣味の延長)。

お盆の時期に活動している。

クリスマスの時期にも活動している。

年末年始にも活動している。

こんなこと、アナログの世界では誰も知りようがないと思うのです。

要はパソコンだけで完結する仕事の場合は

「認識の協和・不協和が起こりやすく、しかもその伝達のスピードが早い」

これは間違いないと思います。

だからこそ倫理観を高く

そしてこのことは自分がネットワークを敷いているパートナーたちの間でも同じことが言えます。

コンサルティング業務上のパートナーたちはそれこそ年に数回顔を合わせる程度で、あとはメールやSSNだけで繋がっています。

そうするとパートナー間でも

「認識の協和・不協和が起こりやすく、しかもその伝達のスピードが早い」

という原理は同じです。

具体的にいうと、

「コイツは信頼できる。どんどん案件を共有しないと損だ。」

「こんなことじゃ信用ならない。コイツとは距離を置こう。」

こんな認識が仲間内で瞬間的に、全員同時進行で進むことになります。

信頼されるパートナーにはどんどんチャンスが巡ってきますし、ちょろまかそうとするパートナーはそれこそ瞬間的に烙印を押されて爪弾きにされてしまうのです。

それは情報格差と同義であり、一度パートナー達から退場を命ぜられたが最後、二度とその和に加わることは難しいでしょう。

おかげさまでかなり大きな案件もどんどん回ってきますが、そうすると今度は

情報を守る責任

情報を取り扱う責任

も回ってくる情報の金額と質に比例して大きくなってきます。

Decentralization(意訳:中央集権が存在せず、個々が平等に権利をもちながら共同に監視しあう状態)

情報化社会になってこの言葉が聞かれるようになって久しいものですが、このDecentralizationの一員であり続けるためには

「高い倫理観を保つのみならず、その倫理観を高め続ける意識的な努力」

が不可欠であるように思うのです。

倫理観を高めていこうと努め続ける人々

自分勝手に生き続ける人々

この二者にもたらされる結果の格差は近い将来、目も当てられないような差になって現れてくるのではないでしょうか。

情報化社会が現代人にもたらした恩恵の副産物の一つは案外、「高い倫理観の社会の創造」なのかもしれない。

不動産コンサルタントの立場で見てきた世界を総括すると、そんな風に感じています。



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