そんなに高い目標でなくていいんじゃないの?

こんにちは。アメリカで不動産エージェント兼コンサルタントとして働く佐藤です。

先日ふと、妻に言われたことがあります。

「そんなに高い目標でなくていいんじゃないの?」

何についてかといえば、自分が設定している数値目標についてです。

私もまた世の起業家と同様に、

「人生、死ぬときにはこうありたい」

というBeingの目標があります。

けれども「こうありたい」というBeing目標はなんとなくぼんやりしているもの。

結局のところそれを達成したのか達成していないのか、はっきりと定義することはできません。

だからこそ世の目標と呼ばれるものには得てして数字が使われることになります。

規模感のある会社でいえば

「このような企業でありたい」

という理念のもとに、その成長尺度を図る目安として使われるのは

「売上数」

かもしれませんし、

「クライアント数」

かもしれません。

その時々の状況に応じて必要な因数で数字目標が定められるものだと思いますが、中でも最も一般的に使われる尺度は「利益」ではないでしょうか。

とりわけ「貸借対照表(バランスシート)」と「損益計算書(インカムステートメント)」は世界共通言語になっていますから、必然的に会社の目標は利益に落とし込まれることになります。

事実、世界中のどこで融資を受けようとも民間銀行が審査する大元の基準はこの2つに出てくる数字です。

かくして、

Being目標 ⇛ 自分はかくありたい

数字目標 ⇛ 自分はBeingに対しどこまで来たのか

私(佐藤)もまた個人としてBeing目標を掲げる上で、それがどこまで到達したのかを図る数字の尺度としては「資産」を使っています。

過程にこだわる

そこで冒頭の話になるのですが、確かに掲げている資産目標は相当高いものです。

実際に死ぬまでに使い切れるものでもないでしょうし、そこまで必要ないのかもしれません。

そもそも物欲がもともと少ないので、そんなにたくさんのお金も必要ないのでしょう。

けれどもなぜあえて高い目標掲げているのかといえば、視点が

「そこに到達するまでの過程」

にあるからです。

10年以上前の話ですが、人生で最初で最後の英語資格を取ったことがありました。

会場はアメリカで生まれ育った日系アメリカ人の子どもたちで埋まっており、世界各地にある試験会場の中でもずば抜けて平均点が高い会場でしたが(笑)

それなりに勉強して筆記試験を受けて無事に合格。さらに第二試験の面接まで受けて無事に合格できました。

一つの尺度として自分の英語力を知れたことは率直に嬉しくありましたが、実際にはそれ以上に嬉しかったのは家に届いた資格の証書よりも身になったのは

「合格を目標とする勉強の過程を通して養った英語力」

です。

それなりにハイレベルであったために、この時は学生の頃のように一定期間に根を詰めて勉強をしました。

これを自分で言うのも何なのですが、この時は後に実感できるほど英語力も随分飛躍したと思います。

おそらくこれが本来の目標のあるべき姿でしょうし、会社であれば数値目標を達成しながらその理念とする姿に近づいていくべきなのでしょう。

そして人生のBeing目標も会社でいう理念と全く同じです。

私(佐藤)自身は資産を数値目標にしていますが、結局のところ貪欲に取りにいきたいのはお金そのものではなく、その過程で生じるBeingに近づく過程なのです。

数年前、ある番組で宝くじで数十億円を当てたイギリス人男性のその後が紹介されていました。

統計によると、宝くじで大金を当てた人々のほとんどがその半年後に破産しているのだとか。

けれどもそのイギリス人男性は正反対で、その賞金のほとんどを不動産投資に充てていました。

絵に書いたように順風満帆に進み、その後もどんどん富を増やして大富豪になっています。

この実話、いきなり大金を手にしてもその金額に振り回されずに賢く運用したのは率直に素晴らしいなと思います。

けれども綺麗事を語るつもりはありませんが、私(佐藤)は今すぐに当たりくじが欲しいとは思いません。

それは無理やりゴールに到達させられるようなものですし、紙切れを購入するだけじゃ自分の成長の意味で得るものが何もないと思うのです。

心を高める、経営を伸ばす

その意味で、今更ながら再三痛感させられるのは、

「ビジネスは実力だけでは目標達成はできない」

ということです。

もちろん何かのきっかけで商売がぽんと跳ねることはあるでしょうし、その人となりとは関係なく一攫千金をガッチリ掴む方々もいます。

けれどもそれはごく少数の特殊な例でしょうし、それが本当に幸せだったかは晩年に分かると思います。

この点は賛否両論あると思いますが、過去にこちらでも書いたとおり京セラの稲盛会長の姿勢は綺麗事どころか現実論として受け止める必要があるように思うのです。

数値目標の意義を履き違えず、お金そのものではなくその過程を取りにいくにしてもそこには「人となり」が関係してくるように思います。

ちなみに数年前に知ってびっくりしたのですが、アメリカでは著名な不動産投資家のロバート・キヨサキ氏も毎朝、

メディテーション(瞑想)

スピリチュアルの本を読む

の2つは欠かさないのだそうです(ラジオで本人が語っていました)。

私(佐藤)自身は数値目標としても相当高い資産目標を掲げていますが、商売のみならず人間性も相当に高めていかないと、おそらく晩年に自分の目標を達成することはできないでしょう。

そう考えると、まだまだ道半ばもいいところですが。。

けれども一つ分かっていることは、掲げる目標で死ぬ瞬間の自分の仕上がり度合いは全く違ってくるだろうということです。

めげることなく、日々是精進の想いでBeing目標に向けて今日も明日も前に進み続けたいと思います。